横浜地方裁判所 昭和56年(ワ)572号 判決
原告
三科政美
右訴訟代理人
山田尚典
遠矢登
被告
財団法人横浜微生物研究所
右代表者理事
氏家永
被告
氏家郁子
被告
氏家永
被告
黒川佐和子
右被告ら訴訟代理人
間部俊明
渡邊利之
被告
株式会社昭和メディカルサイエンス
右代表者
氏家永
右訴訟代理人
濱勝之
間部俊明
渡邊利之
主文
一 被告財団法人横浜微生物研究所、同株式会社昭和メディカルサイエンスは原告に対し連帯して金九四六万五〇〇〇円を、被告氏家郁子、同氏家永、同黒川佐和子は原告に対しそれぞれが被告財団法人横浜微生物研究所及び同株式会社昭和メディカルサイエンスと連帯して金三一五万五〇〇〇円を各支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は、一及び三項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自連帯して金八九一万円及び昭和五五年八月一日から被告らが右金員を支払完了後三か月を経過した時まで一か月金四九万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告財団法人横浜微生物研究所(以下被告財団という。)に対し、昭和五〇年七月一日原告所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を左記約定により賃貸した(以下本件賃貸借という。)
(一) 期間三年(同五三年七月一日に本契約は更新された。)。
(二) 賃料一か月四九万五〇〇〇円、毎月二八日限り翌月分前払い。
(三) 特約
(1) 賃借人が本契約を解除する場合は、その三か月以前までにその旨を賃貸人に書面で予告すること
(2) 賃借人が、その都合により契約期間内に解約し賃借物件を明け渡す際に償却費として賃料の二か月分を支払うこと
(3) 賃借人は、自費をもつて本件建物を明け渡す際に原状に復すること、もし賃借人が原状に復しないで明渡しをしたときは、賃借人は賃借物件の模様替部分、附加した造作部分の所有権を放棄することとし、賃貸人において任意処分しても異議を述べないこと、但し、賃借人において原状より本件建物の価格を減じたとき、又は本件建物を毀損したときは、賃貸人に対しその価格を賠償しなければならない。
2 訴外氏家武雄は本件賃貸借契約の際に原告に対し、被告財団が原告に対して負担する本件賃貸借契約上の債務を、被告財団と連帯して保証することを約した。
そして、右武雄が昭和五五年一〇月二八日死亡したため、同人の妻である被告氏家郁子、長男である被告氏家永及び長女である被告黒川佐和子の三名が相続により(各人の法定相続分はいずれも三分の一)右連帯保証債務を承継した。
3 被告財団は自己の都合により原告に対し、昭和五五年六月三〇日原告に到達した内容証明郵便をもつて、同年九月末日限り本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右解除の効力の生じた同年九月三〇日、同年八月分及び九月分の賃料及び前記1(三)2記載の特約の償却費を未払のまま本件建物を原告に明け渡した。
4 ところが、本件賃貸借中、被告財団は原告に無断で本件建物の二階(一階天井裏)の大梁を、二〇数か所幅約一二センチメートル、深さ約一五センチメートルにわたつて切り取り、また、床・壁等の随所に穴をあけてパイプを通し、その外に電気のコードを切り離す等別紙修復工事目録記載どおりの修復を要する状態のままで本件建物より退去した。
5 右修復工事に要する修繕費用は七九二万円である。また、原告が被告らから右費用の支払を受けた後本件建物を改修し、本件建物を第三者に賃貸が可能となるのは右支払後三か月を要する。しかるに、被告財団は前記のとおり本件建物を改修せず利用不能な状態のままで昭和五五年九月三〇日に明渡ししかもその改修費を支払わないため原告としては右期日以降右期間まで、本件建物から収益すべき賃料相当額、月額四九万五〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。
6 被告株式会社昭和メディカルサイエンス(以下、被告会社という。)は次のとおり被告財団と人的・物的構成において重複した全く同一体の会社である。
(一) 被告会社代表取締役氏家永、被告会社統括本部長瀬尾一正及び被告会社監査役永井正雄はいずれも被告財団の理事の地位にあり、また、被告会社取締役氏家郁子は右氏家永の母にあたる。
(二) 被告会社の本店所在地は被告財団事務所所在地と同一場所であり、被告財団が本件建物を明け渡すまではいずれも本件建物所在地であつた。
(三) 被告会社が設立されたのは、公益性を有する財団では神奈川県外で業務活動をするのに支障があり、県外での被告財団の業務活動を行うためであつて業務そのものは被告財団のそれと全く同一である。
このように被告財団と被告会社とは形式上は法人格を別にするが実体上は全く同一の会社というべきであるから、いわゆる法人格否認の法理により本件賃貸借契約上の債務について被告会社も被告財団と連帯してこれを負担すべき義務がある。
仮に右主張が容れられないとしても、被告会社は原告に対し、被告財団の原告に対する本件賃貸借契約から生ずる債務につき、連帯して、若しくは重畳的に引受ける旨の意思表示を明示または黙示的になした。
7 よつて、原告は被告らに対し、本件賃貸借契約に基づく昭和五五年八月一日から同年九月三〇日までの一か月四九万五〇〇〇円の割合による未払賃料及び右契約の前記1三特約(2)による償却費九九万円並びに本件賃貸借契約解除に基づく損害賠償請求として本件建物の修復工事費用相当の損害金七九二万円と昭和五五年一〇月一日から修復工事費支払完了後三か月に至るまでの一か月四九万五〇〇〇円の割合による得べかりし利益の喪失に基づく損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1ないし2の事実はこれを認める。
2 同3の事実のうち、被告財団が自己の都合によつて本件賃貸借を解約したことを否認するが、その余の事実は認める。被告財団による本件建物賃貸借契約の解除は原告の不当な要求により生じた紛争を避けるためやむをえずなされたものであつて、賃借人の都合によるものではないから被告には償却費(賃料二か月分九九万円)を支払う義務はない。
3 請求原因4及び5の事実のうち、被告財団が原告に無断で本件建物の二階の大梁の一部を切り欠いた事実及び床壁等随所にパイプを通すため穴をあけたことを認めるがその余を否認する。
仮に、被告財団が原告に本件建物を明け渡すに際し、本件建物につき原状回復義務を尽していないとしても、本件建物の修復工事費用は次の事情を勘案すれば到底原告主張のような金額にはならない。
すなわち、本件建物の建築は昭和三二年であり築後既に二六年を経過しているので原状回復工事を行うとしても本件建物の現状に見合う工事で足りる。
したがつて被告財団の切り欠いた梁の補強方法は切り欠き部分を埋め木で埋め、梁と梁の間に補強梁を入れボルトでとめる方法で充分であり、また、被告財団が存置した給排水用パイプもそのまま使用可能であり、却つて建物自体の効用を高めており、不要であれば人目につく露出部分のみを切断すれば足りるし、本件建物の壁の穴あけ部分も、その部分のみをふさぐ工事で充分であり、穴をふさぐため板一枚をそつくり取り換える必要はない。
更に本件建物は場所的にも表通りからはずれたやや奥まつた脇道に面しておりその規模構造からみても新たに賃借人を見い出すのは困難であるから、むしろ、本件建物を修復するよりは、更地として駐車場等に転用した方が合理的であり原告主張のように本件建物に多額の費用をかけて新築時の状態を再現しようとするのは不当である。
3 請求原因6の事実のうち(一)、(二)はこれを認め、同(三)の事実を否認する。
第三 証拠〈省略〉
理由
一本件賃貸借契約と解約に伴う未払賃料、償却費等に対する判断
1 原告の請求原因1ないし2の事実については当事者間に争いがない。
2 同3の事実のうち、本件賃貸借契約の解除が被告財団の自己都合によることを除き、その余の事実は当事者間に争いがない。
そこで、被告らの主張によると、本件賃貸借契約を解約したのは原告の不当な要求により生じた紛争を避けるためやむをえずなされたものであるというが、〈証拠〉によれば確かに原告と被告財団間に紛争がありそれを原因として被告財団が本件賃貸借を解約したこと、そして、その原因は被告財団が原告から、本件建物につき被告会社の看板を立てたことにつき無断転貸ではないかと問いつめられたことと及び本件建物の梁の切損につき立入調査等を要求されたことに嫌気がさして自から本件賃貸借契約を解約し立退いたこと、しかも、原告の被告財団に対する右要求等が本件建物の賃貸人として正当な要求であることを各認めることができ、右認定に牴触する証人瀬尾一正の供述部分は前掲証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆えし、被告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
右事実によると被告財団による本件賃貸借契約の解約は右契約の特約による被告財団の都合により右契約期間内に解約した場合に該当すると解することができるから、被告財団は原告に対し、償却費として右約定に基づき賃料の二か月分金九九万円を支払う義務があるといわざるをえない。
3 以上の事実によると、被告財団は原告に対し、賃借人として本件建物の賃料二か月分金九九万円と償却費金九九万円の支払義務を負い、また、被告氏家ら(被告会社を除く)が連帯保証人として右債務を負担するに至つたといわざるをえない。
二本件建物の損傷及び損害に対する判断
1 請求原因4の事実のうち、被告財団が自己の事業の遂行上必要があつて本件建物の二階の大梁の一部を切り欠いたこと及びその床、壁等随所にパイプを通した穴をあけたことは当事者間に争いがなく、その余の毀損部分については〈証拠〉によると、被告財団が自己の事業遂行の過程で故意または過失で右部分を毀損したことを認めることができ〈る。〉
2 そこで請求原因5(損害)の事実につき考える。
(一) 〈証拠〉によると、前掲甲第二一号証(フジタ工業見積書)によると、被告財団が本件建物に加えた前記認定の金損傷を修復するためには金七九二万円を要すること、鑑定の結果によると鑑定人らは、本件建物の二階大梁に対する修復費用が金二二五万円その他の損壊箇所の修復費用が金二〇万円としているが(補充鑑定によると合計金三一五万円)、右鑑定と甲第二一号証とにつき対比すると、まず、二階大梁に対する修復費用については、その直接補強費用は両者に大差はないが、その修復の工事方法に差異があり、鑑定人らは民間工事の経験を有しないところから、その工事方法を民間工事としては通常行われる手段を省略し、必要最小限度にとどめようとし、またその人件費も極力抑えたためであつて、原告がこれを修復するため民間工事会社に請負わせた場合には甲第二一号証の見積金額によらざるをえないこと、次にその余の修復費用の差異は、鑑定人らが本件建物の損傷箇所を現場で充分に確認しておらず、また、民間工事の経験もなく人件費を極力抑えたため、甲第二一号証の見積金額に比べ著しく低額となつたこと、その結果として甲第二一号証の見積金額は全体として妥当ではあるが多少人件費の高いこと、さらに、本件建物が昭和三二年一〇月建築されたもので既に相当の耐用期間を経過していることを認めることができ、右認定に牴触する甲第七号証、乙第一、第三号証の各記載部分は前掲証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右事実によると、一応、被告財団による本件建物の損傷部分の修復のためには金七九二万円を要するといえるが、甲第二一号証の右工事見積が人件費においてやや高いこと、本件建物の耐用期間が相当経過している事情を考慮すると、右見積額より約二割を減じた額である金六〇〇万円を右損傷によつて原告の蒙つた損害と解するのが相当である。
(二) 次に、原告主張の得べかりし賃料の損害額につき考えるに、前記(一)掲記の証拠によると、本件建物につき少くとも二階大梁の修復工事がなされない限り、原告が本件建物を第三者に賃貸することのできないこと、被告財団において右修復をしていないこと、その結果原告は本件建物を第三者に賃貸することができず、賃料収入を得ていないことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
ところで、かかる場合に原告は被告財団に対し右得べかりし利益の喪失としてどの範囲の賃料相当額の賠償を請求しうるかについては、右損傷は原告の出捐により修復できないものでないことからみて特段の事情のない限り、右損傷の修復に要する合理的期間における従前の賃料相額が、被告財団の損傷行為と相当因果関係のある損害と解するのが相当であるから、被告財団は原告に対し右範囲の賠償義務を負うというべきである。
そこで、〈証拠〉によると、右期間は三か月間を要することを認めることができ、また前記一の認定によると、本件建物の約定賃料が月額四九万五〇〇〇円であるからしたがつて、被告財団は原告に対し、一か月四九万五〇〇〇円の三か月分である一四八万五〇〇〇円の得べかりし利益喪失による損害賠償義務がある。
(三) 以上の事実によると、被告財団は原告に対し、本件建物の損傷による損害六〇〇万円及び得べかりし利益の喪失による損害金一四八万五〇〇〇円の損害賠償責任があり、また、前記一の認定事実によるとその余の被告(但し、被告会社を除く)が連帯保証人として連帯して右賠償責任があるということができる。
三被告会社の責任に対する判断
1 請求原因6の事実のうち(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、被告会社は被告財団が神奈川県外で業務活動をすることが県の公益法人としての認可との関係でできないために昭和五四年四月七日設立されたものであるが、現在では被告財団の業務は被告会社に移管され被告財団はかたちだけとなつており、組織上も、経理上も一体となつていることを認めることができ右認定に反する証拠はない。
右事実によると、被告会社と被告財団は、前者は株式会社として、後者は公益法人として形式上は別異の法人の形態をとつてはいるが、それは単に業務執行上の便宜によるもので、その実質は全く同一であり法律上同一視するのが相当であるから、したがつて被告会社は被告財団の負担する前記各債務につき連帯して責任を負うと解するのが相当である。
四被告氏家永、同氏家郁子及び同黒川佐和子の債務の形態に対する判断
右被告らは、前記一の認定事実によると、氏家武雄の相続人として同人の連帯保証債務を相続したものであるが、原告の主張によると、右被告らは、各自被告財団の債務全額につき連帯して責任を負う旨主張するが、本件のように連帯保証人が死亡し相続人が数人ある場合には、相続人らは被相続人の債務の相続分に応じて分割されたものを承継し、各自その承継した範囲で債務者とともに連帯して責任を負うと解するのが相当であるから、被告らはその相続分各三分の一に応じた債務の範囲で、被告財団と連帯して支払義務を負うというべきである。
五結論
叙上の事実によれば、被告財団と被告会社は連帯して原告に対し未払賃料金九九万円、償却費金九九万円本件建物の損傷による賠償金六〇〇万円、得べかりし利益喪失による賠償金一四八万五〇〇〇円の合計金九四六万五〇〇〇円の支払義務があり、被告氏家郁子、同氏家永、同黒川佐和子は被告財団及び被告会社と連帯して各三一五万五〇〇〇円の支払義務があるといわざるをえない。
よつて、原告の本訴請求は右範囲で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条一項但書、九三条一項本文を仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(山口和男 櫻井登美雄 小林元二)
物件目録〈省略〉
修復工事目録〈省略〉